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立憲民主党の代表選挙が失敗している理由



沈みゆく立憲民主党

4候補、主張に違い見えず 盛り上がり欠け、党内に失望も―立民代表選

立憲民主党代表選に出馬した4候補による22日の日本記者クラブ主催の公開討論会は、焦点の共産党との野党共闘の是非などをめぐって議論が交わされた。ただ、4氏とも来夏の参院選で、1人区の野党候補1本化は必要との認識を示し、大きな違いは見られなかった。喫緊の課題である党の立て直しでも具体策は示されず、党内からは「盛り上がりに欠けた討論」(中堅)との声も漏れている。

 「衆院選での共産党との共闘は間違っていたと思う方は?」。22日の討論会で、この問いかけに逢坂誠二元首相補佐官、小川淳也元総務政務官、泉健太政調会長、西村智奈美元厚生労働副大臣のいずれもが挙手をせず、共闘路線は間違いではなかったとの認識を示した。

 4氏が共産を含めた共闘を原則続けていく考えなのは、党内で「今の党の実力を考えれば共産の票がなければ勝負にならない」(ベテラン)という考えが主流だからだ。2013年の参院選で、旧民主党が候補者の調整をせずに臨んだ結果、1人区で全敗したことが「トラウマ」になっているとの指摘もある。

 このため、討論会では枝野幸男前代表が共産と結んだ「限定的な閣外協力」の合意をどのように修正するかとの議論にとどまった。

 4候補の違いは、ほかの政策でもあまり見られなかった。候補者同士が質問し合う場面では、ジェンダー平等や原発政策などの見解を問うやりとりが繰り返され、4候補からは「目指す方向性はほぼ同じだ」「そんなに大きな違いはない」といった言葉が相次いだ。

 党の立て直しに関しても、各候補者からは地域での地道な活動の必要性や、党のビジョンを明確にするといった案の提示にとどまった。

 同党には、代表選で世論の注目を集めて、党立て直しのきっかけにしたいとの思惑もある。しかし、盛り上がりに欠ける代表選に、同党関係者は「党の危機なのにみんな行儀が良すぎる。もっと白熱した議論をしなければ代表選の意味がない」と嘆いた。


逢坂誠二、小川淳也、泉健太、西村智奈美の4人が立候補しましたが、話題に欠けまったくと言っていいほど盛り上がりに欠ける代表選挙です。自民党総裁選挙では事実上の総理選挙であるために注目の的で新しい資本主義を掲げる岸田政権が誕生し、高市政調会長という次世代を担うスーパーヒロインも誕生するなど支持率も反転し、成功裏に終わったのが総裁選挙でした。

かたや最大野党の立憲民主党の代表選挙は注目も集まらず、白けた雰囲気の中で淡々と時間だけが進むお通夜ムードの代表選挙です。

まず彼らはなぜ総選挙に負けたのかという総括も十分にできておらず、政策理念は間違っていないとか、野党共闘は正しかったなど、どこにも反省も進歩も見られません。

4人とも野党共闘は間違っていなかった。共産党との閣外協力は見直すという事ですが、一人区では一本化しなければ戦えないとしていますが、その一本化とは本来政策理念での合意を前提としなければ国民の理解など得られないのに、彼らは市民連合の提起した護憲などの協定にサインして共闘しました。

結局共闘勢力はその政策理念が間違っていたか、共闘しただけでは勝利など到底不可能だったのに反省もなく、彼らは共闘は正しかったとしていますが、どっちにしても彼らには勝利などどうあがいても無理でした。

立憲代表選、候補者討論会で改憲論戦 4人とも国会議論応じる姿勢

立憲民主党代表選の立候補者による日本記者クラブ主催の討論会が22日、東京都内で開かれ、逢坂誠二元首相補佐官(62)、小川淳也元総務政務官(50)、泉健太政調会長(47)、西村智奈美元副厚生労働相(54)の4氏が論戦を交わした。憲法改正に関し、4人とも国会の議論に応じる姿勢を示した。

 改憲を巡っては、枝野前執行部は国会議論に慎重だったが、衆院選での日本維新の会や国民民主党など改憲を掲げる勢力の議席増を踏まえ、衆参両院の憲法審査会などでの議論に応じる姿勢を示した。逢坂氏は「落ち着いた静かな議論は大歓迎だ」と述べ、泉氏も「立憲は護憲でなく論憲」と指摘。両氏は立憲がCM規制の導入を求める国民投票制度の議論を優先すべきだとの考えを示した。小川、西村両氏も議論に前向きな姿勢を示したが、小川氏は「(安倍政権は)改憲のための改憲の色彩が強かった」、西村氏は「(野党の)憲法53条に基づく国会召集要求に応えない政権に改憲提起の資格はない」と述べ、ともに自民党をけん制した。

 来夏の参院選に向け、逢坂、小川、泉の3氏は早期に党参院選対策本部を設置する意向を表明。泉氏は「党執行役員の半数を女性とする」と述べた。4氏とも共産党との連携は継続する方針を示しているが、具体的な対応については、全員が「見直しが必要」との認識を示した。逢坂、小川、泉の3氏は立憲が政権を担った際の共産による「限定的な閣外協力」の合意を見直す考えを表明。逢坂氏は「国民感覚からずれていた」と述べた。

 維新との連携については、逢坂氏は「どの党とも等距離で話し合う」、泉氏は「文書通信交通滞在費の日割り支給の立法化で一緒にやることはある」と指摘。小川、西村両氏は慎重姿勢を示した。【宮原健太、古川宗、田中裕之】


社会党グループから支持されている逢坂は護憲寄り、国民民主党出身の泉健太は改憲寄りと見られていましたが、4人とも口裏を合わせたように議論には応じるが改憲はしないとして護憲堅持を掲げています。

彼らは野党は批判ばかりではない。5~6割は与党案に賛成もしている。として批判やスキャンダルを追求することも重要だとしていますが、なぜそれらが評価が低いのかといえば、批判だけならばバカでもできるんですよ。子供でもできる。

しかし子供には与党案を超えるような代案も提示できないし、代案がなければ絵にかいた餅なのです。つまり批判だけならだれでもできるし、代案を提示できるのかどうかが政治家の仕事であるわけです。

山本太郎はアメリカの連邦議員ならば約20人の公設秘書や政策秘書を雇えまとめて人件費も支給されている。かたや日本の国会議員は公設秘書は3人で政策秘書はひとりしかいない。それですべての分野の政策を作れるわけがないとして充実を訴えていましたが、政策立案能力が低いのならば予算の充実を訴えればいいわけです。

たとえば憲法ならば、自公は自衛隊明記で決着しようとしているのに対して、それでは野合政権だ。我々野党ならば自衛隊明記ではなく、9条を廃止し、交戦権を明記し、自主独立を脅かすのならば我々は断固として戦うと代案をしっかり提示すればいいわけです。それならば、国民から評価もされ、支持率も上昇し、政権交代の機会にも結び付くわけです。

立憲・小沢一郎氏「憲法論議、与党に維新や国民民主が同調」

小沢一郎も憲法改正をけん制していますが、80歳近くなってもいまだに憲法改正を妨害しているから自身の小選挙区でも有権者から見捨てられ落選するはめになっているのです。護憲派の成れの果てが小沢一郎です。

山本太郎と小川淳也の温度差

北風にさらされながら街頭演説に耳を傾けていると体は芯から冷える。演説の締め括りに、小川は聴衆をねぎらうように言う。「お帰りになったら温かい風呂に浸かって体を温めて頂いて風邪などひかぬように」と。

 小川らしい気配りだ。人気を博するゆえんでもある。田中は小川を評価しこそすれ貶すつもりはない。

 ただ、山本太郎だったら、こんなことは口が裂けても言わない。貧困層が風呂など満足に入れないことを知っているからだ。

 「風呂は3日に1回。それもシャワー」。生活保護裁判で高齢者が話していたのを思い出す。住まいのない人々はネカフェのシャワーだ。

 かくいう田中家も、湯沸かし器が老朽化していて高温のお湯を出せない。浴びるのは熱くないシャワーだ。温かいお風呂など夢物語である。

 住まいと職を同時に失う派遣切りの嵐が吹き荒れた2008~09年頃、非正規労働者の集会に行くと独特の匂いがした。山本太郎とおしゃべり会に行くと同じ匂いのする一角がある。

 2013年の参院選街宣で山本が非正規労働の改善を訴えると、ワーキングプアの青年たちは拳を突き上げて「ウォー」と雄叫びをあげていた。8年経った今でも、彼らは山本に真剣な思いを寄せる。「生活苦で死ななくても済む世の中にしてくれよ」と願って。

 小川と山本の違いは政党を構成する「階級」の違いである。あえて図式化すれば、こうだ―

 経団連労働部の連合が支える立憲と、庶民のカンパが支える れいわ 。年金生活者が3度の食事を2度に減らしてカンパするのが れいわ である。(文中敬称略)


私は一部に人気のある小川淳也はまったく評価していない。「君はなぜ総理になれないのか」という映画に出演し知名度を上げ小選挙区でも自民党の現職大臣にも勝っていますが、そういう上辺だけの人間は評価していない。

一方れいわ旋風を巻き起こし、反緊縮の旗頭でもあり、消費税引き下げの共闘も実現した山本太郎は一定の評価をしている。総選挙でもれいわの候補者に投票し、比例区でも投票し大石さんが比例復活も果たしている。

山本太郎はどちらかといえば脱原発で国防安全保障も積極的発言よりもむしろ国防よりも経済政策に金を使えという主張も多いので、決してオールマイティの政治家ではない。明らかな欠陥はある。しかし、経済政策ではだれよりも明るく、反緊縮、脱新自由主義の先頭に立って戦ってきた政治家でもある。一長一短だが使える政治家ではある。

しかし小川淳也は欠陥しかない。政策も何をいっているのか意味不明で、ただ風に流されているか、定見がないだけです。維新に出馬辞退を申し入れしたように、自分が当選するのならば他の候補者はどうでもよく、山本太郎のように何かやりたい政策、目指すべき社会像のために政治家になっているような人物ではなく、ただ政治家をやりたい、総理になってみたいという子供じみた政治家です。普通政策に明るい批評家からはまともな評価などは受けていない人物です。

有名な田中龍作でも暖かい風呂にも浸かれないこの慢性デフレのご時世です。国民の生の声を聴いて政策と行動で勝負して、新自由主義に闘いを挑む山本太郎に幸運の女神は微笑んでも、連合の組織票と資金力に頼るだけで国民の生の声も耳に入らず、共産との共闘を維持して安易な道を選択し、立憲共産党化を目指す4候補には国民は期待する理由もなく、参議院選挙では維新や国民民主やれいわの候補者に立憲は打ち取られて惨敗していくことになるでしょう。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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