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政治家の最大の使命は国を正しい方向性に定めること(理念とはなにか)



野党統合に見る理念の戦い


野党統合の党首会談が目前に迫ってますが、玉木代表は吸収合併はないと語り、一回での合意はなく、複数回に分けて交渉は行われることを示唆しました。

これは当然で、目前の幹事長会談では話はまとまらず、肝心の中身は白紙のままなのに党首会談ですんなり合意できる段階ですらありません。

しかし枝野氏は、新党設立はないとし、一回での合意がなければ破談もありうるとしています。これは吸収合併以外の選択肢はなく、国民民主にとっては無条件降伏しか選択肢がないことを意味しています。

小沢ら旧民主の幹部は、合併は当然で理念政策は二の次か、積極財政への転換は当然視していますが、枝野代表は年末に記者会見を開き、記者からの質問で消費税5%への引き下げはどう対応するのかの質問に対して、そんなことは微塵も考えていないと語り、あくまで緊縮増税路線を貫く方針のままです。

つまり護憲派と改憲派、積極財政派と緊縮増税派が一緒になって足して中道なんだと主張しても、結局政党としての体をなさない、旧民主党時代のように、支持率5%割れの万年野党が誕生するだけです。

希望の党と民進党が合併した時、支持率1%と支持率1%を足して3%になると豪語されていましたが、結局は1% + 1% = 1%にしかならなかったわけで、それならばまだ別々の政党であったほうが支持は増える可能性はありました。


理性 VS 自由放任


政治家がやらなければならない最大の仕事は国を正しい方向にもっていくことです。

それは小さな政府と大きな政府、その元になっている 理性 VS 自由放任の戦いから逃げないことです。

一般的には、フランス革命のような理性によって一から国を創ろうとしても無理で、そこには伝統文化の破壊と血みどろの権力闘争があるだけです。

一方それに批判的な考えがイギリスの伝統である、フランシス・ベーコン(経験によって得られた知識を実際に力にしていく)、ジョン・ロック、デイヴィッド・ヒューム、アダム・スミスらによって培われてきた、イギリス経験論です。エドマンド・バークの保守主義もこの流れの一つです。

人間が実際に経験し目で見た、耳で聞いた経験を重視し、頭の中だけで考えられたものは空理空論であるという考えです。古代でいえば、紀元前にデモクリトスの原子論(観察の結果、物質はそれ以上分割できない原子という最小の物質でできており、万物はその組み合わせでできる(四大元素論はまやかしであるとする)。物質には色はついておらず光の反射で色が見える)が経験論の元です。唯物論の元もこの原子論です(霊魂は存在しない、魂は人間の理性によって生み出された概念にすぎない)。

一方西洋の哲学の中心をなしてきたのは、プラトン以来続くイデア(概念)論で、目で見える世界は仮の姿であり、物の本質は、物のイデアを「心の眼」で直視し、「想起」することによって初めて認識することができ、理性と知性によって認識された世界こそが本当の世界であるとする考えです。

現実と理想の二元論といわれるもので、学問でいう形而上学というのがこれに該当し、感覚ないし経験を超えた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理、世界の根本的な成り立ち、物や人間の存在の理由について理性によって導こうとするものです。


理性の時代から自由放任の時代への転換


理性の時代が長く続いた後、中世にある出来事が起きます。

フランスのカトリックの司祭であり、神学と哲学の教授でもあったピエール・ガッサンディという人物が、古代に存在していた、デモクリトス、エピクロス、ルクレティウスと続いた原子論を研究し復活させ、ルクレティウスの原子論の著作「物の本質について」を復元することに成功しました。

ガッサンディはエピクロスが非難されてきた根拠である快楽主義の汚名を払しょくし、唯物論と無神論が同一ではないことを主張し、万物は原子論、物質の働きによって説明できるが、その物質や世界は神によって創造されたとしました。空間と時間は世界が創造される前から存在していたともしました。

その後、「我思う故に我あり」の理性を強調するデカルト派(物心二元論)と経験(実験や観察)を重視する原子論のガッサンディ派は対立し、デカルト派のパスカル(人間は考える葦である)、スピノザ、 ライプニッツなどが大陸合理論の主流となりました。

一方、ガッサンディが復活させた原子論は、ルクレティウスの著作「物の本質について」の普及により、アイザック・ニュートンやレオナルド・ダ・ヴィンチあるいはマキャベッリなどが読み、ベーコンもルクレティウスの原子論に触れ、ルネサンスや近代科学(実験と観察にもとづく)を誕生させる原動力になっていきました。

そしてこの原子論を母体にする経験論と合理主義がカントなどによって一部で融合し、自然科学の方法によって得られる経験的知識の重視、理神論(この世界は神によって造られたが、その後の世界の発展には神は関与しない)、ニュートンなどの機械的世界観、理性によって迷信を打ち破り、宗教的権威や専制君主の権威から人々を開放させることを目指す啓蒙思想が誕生していきました。

この啓蒙思想がフランス革命やアメリカ独立戦争への思想の原点になりました。

この啓蒙思想から、古典的自由主義、個人主義、資本主義、小さな政府論が生まれていきました。


アメリカという最強の人工国家


一般的にはフランス革命は保守主義の立場からいえば、失敗作であり、革命後誕生したのは新たな独裁者といえるナポレオンであり、ロシアやイギリス、プロイセンとの戦いで敗北し、フランスはかつてのような欧州一の大国ではなくなりました。

一方、大西洋の向こう側で新たに誕生したのが、アメリカ合衆国です。

ホッブズは人は利己的動物としての本質から、自然状態においては「万人の万人による闘争」とならざるを得ないとし、人を猛獣(ビヒモス)とたとえ、国家をリヴァイアサンと見なし、その状態を克服するために個々の権利を国家権力(国王)と契約しているという理念を確立しました。

一方ロックは、自然状態では人は本来、自由で平等であり、争いは好まず、国家権力には、自然権(生命・自由・財産・健康に関する不可譲の権利)を契約によって一時的に預けたにすぎず、人民は国家権力に対してボッブズが認めなかった抵抗権、革命権があるとしました。啓蒙思想の元祖ともいわれます。

この啓蒙思想を母体にしてアメリカは独立戦争に向かいます。

アメリカ人が銃の所有権を手放さないのは、自国政府への抵抗権を行使するためです。しかし、銃を持てない日本人は自国政府への抵抗権はなく、奴隷と違わない境遇に置かれます。なにも暴力を推奨するわけではなく、抵抗権を認める人工国家に対して、王権神授説の日本でも、政権の横暴に対してもっと抵抗して国民は怒っている姿勢を示した方が国は発展します。

現在の最強の国家はアメリカであることを見ても、理念や啓蒙思想の持つ力は強く、自然状態では、人は平等で自由な存在だとしているのが啓蒙思想で小さな政府論の母体になっている思想ですが、現実の社会を見てみれば、格差は拡大し、金持ちの自由は拡大しても、大衆の権利、自由な選択は縮小し、富の不均衡と国力の低下(GDPの低迷、日本人の減少)によって日本は没落しています。経験論でいえば小さな政府論は日本には当てはまりません。

むしろ大きな政府論、人は怪獣(ビヒモス)であり、リヴァイアサン(国家権力)によって、一定の制御が必要であり、アメリカ建国時のように高い理性と知性をもった建国の父によって国家の役割を再設計しなければ、このまま日本は衰退し、緊縮増税をするだけの理念もなにもない、縮小均衡によって消えるか、中国の一地方に成り果てるだけです。


野党統合よりも連立政権を目指せ


人間の思想、理念は百人百様であり、完全に一致することはありえない。

同じ政党でも右派から左派まであらゆる考えで違いがあります。自民党もやたら幅が広い政党です。

しかし、方向性が真逆な理念を統合して中道のど真ん中だというのは、そもそも理念がない人間のいう事です。

外国では、理念政策が違う政党でも一時的に連立を組んで政権交代する事例はいくらでもあります。

しかし、さすがに理念政策がまったく違う政党が合併するのは、ブラックジョークです。

次の選挙で政権交代をしなければならないとするのは、寿命が迫ってきている小沢一郎の考えであって、野合によって政策理念が意味不明な野党ができたところで次は国民は騙されません。

幾度の選挙を経て、政策理念を国民に浸透させ共感を呼び支持を着実に拡大させて政権交代を目指すのが現実的選択肢というものです。


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